ヒルデガルトファスティング 11 現代に生きるヒルデガルト 07 旧宅聖書の預言者と等しい者となる
ヒルデガルトを導いたユッタは1136年に召されました。
同時に40歳になったヒルデガルトは女子修道院長に選任されました。
そして43歳になったヒルデガルトは、天からの幻視を体験していきます。
その中でこのような声が天から聞こえたのです。
「ああ、脆い(もろい)人間、まったくの灰、腐りきった者よ、
見聞きすることを語り、書き記しなさい。
しかし、語るにしては臆病、説明するにしては、
不慣れ、書くことにしては教育がない。
だから人間の口、浅はかな人知、人為的に書く望みによらず、
神に由来する天上的な驚嘆すべき事柄について
見聞することにもとづいて語り、書きなさい。
教えてくれる人の言葉を聞く者のように、
言われるままのことを繰り返し、望まれ、示され、命じられたように述べなさい。
だから、人よ、見聞きすることを語りなさい。
自分のやり方でも、他の人のやり方でもなく、
ご自分の隠れた神秘の中で一切を知り、見て処理される方の意思に従うのだ」
これは決定的な命令であり、
以後、ヒルデガルトは神の口としての旧約聖書の預言者たち(注・01)と
同じい者とされてその役割が特別なものとされていくのです。
預言者(よげんしゃ、英語: prophet)とは、預言すなわち霊感により啓示された神意
(託宣)を伝達あるいは解釈し、神と人とを仲介する者。
宗教における祭司が預言者となる場合もあり、しばしば共同体の指導的役割を果たす。
一般的なヘブライ語はナービー (ヘブライ語ラテン翻字: nabi) である。この語源には
様々な説が提示されているが、有力なのはアッカド語起源で「与えられた者」
もしくは「語る者」を意味した。
旧約聖書では、神がかり状態の中で
幻を見てそれを伝えるシャーマンのような見者(けんじゃ、ローエー rō,eh)と、
神のことばを語る預言者(ナービー nābî)とは区別されるが、
これらも必ずしも明瞭に区別されているわけではない。
扱われている(申命記13章2-6、18章20-22)。
預言者である以上は、語られたことが必ず成就することが正当性を示す基準であり、
旧約時代には偽預言者は死罪とみなされていた。
ディアスポラ後のユダヤ教徒たちは、70年にエルサレム神殿が破壊されて以来、
この世に預言者がなくなれば、神との契約は更新されることはありえないとする。
キリスト教が神と結んだ「新しい契約」と主張する新約聖書の内容を認めていない。
ナザレのイエスの活動から始まる宗教であり、
旧約聖書に記された預言者たちをユダヤ教と同様に預言者と認める。
ニカイア・コンスタンティノポリス信条では
神の子にして救世主(メシア)(この場合はイエス・キリスト)であると信じる。
ただし、イエスをその働きゆえに「預言者」と呼ぶこともある(使徒7:37)。
預言の活動自体は初期のキリスト教会(初代教会)でも行われ、
預言を行う信徒らが当時「預言者」として認められていたことがうかがえる。
このうちの1人であったアガボは大きな飢饉が訪れることを預言し、
それが成就したことが記されている。
このアガボは、後にパウロが捕縛され異邦人に引き渡されることも預言した。
初めて異邦人への公の宣教師として派遣されたパウロとバルナバも、
エルサレム会議での大切な決定事項を伝えるために、
異邦人の諸教会に派遣されたユダとシラスも預言者であった。
このシラスは、パウロの第2回目の伝道旅行に同行した。
またパウロ書簡(エフェソの信徒への手紙)の中で
キリスト・イエスご自身がその礎石です。」と語られているように、
初代教会において預言者の役割は、使徒に次ぐ大切な働きとされていたことがわかる。
(ウィキ)