40日ファスティング経験者の本音!

ファスティング(断食)の素晴らしさやファスティングの正しい方法、効果などを紹介しています。

断食救人類の書 282 少食は救国、救人類となる 68 少食ファスティングの思想   03 食を制する思想 03 

コルナロは人生の終わりとその後のことを明確に見ていたからこそ

食を制する生き方ができたのです。

しかし、今日も然りでそうでない場合が圧倒的に多いのです。

コルナロはこのように語っています。

 

国家、民衆を導く指導者、聖職者、哲学者、文学者、科学者などの頂点を極めた人、

聡明な人の中にも50歳を超えて様々な病気に見舞われている人がいる。

そのような病に罹っても飲食を節制しない者たちもいるのである。

私はこの状況を見ると、彼らは慎み、節制の重大さをわきまえていない。

節制(超少食)にすれば、健康になるのだから。

今のような不節制の放縦な食生活を続ければ、まさに不治の病となって、

回復の見込みはなくなるのだ。

このようなことが若者ならば理解できないこともない。

若い時は官能が強く、いつもそれに突き動かされるからだ。

そして人生の経験も浅いからだ。

しかし、中年以上で初老に達した者は、

何よりも理性が官能より勝ってしかるべきである。

飽食こそ健康を損ない、早死にすることを早く悟るべきである。

飽食の楽しみは永遠に続く性質のものであれば、

いくらか情状酌量の余地もあろう。

しかし、現実は、飽食(食べ過ぎ)が、病気の原因であることは明白なのである。

その病気の長さに比べると、飽食を楽しむ期間は極めて短いのである。

このことは真逆に節食で慎む生活を送る者は、

自分の健やかさを食事のたびに感謝をもって享受できるのである。

 

このコルナロの言葉は時代がどのように変わっても不変です。

コルナロのいうように「飽食(食べ過ぎ)が、病気の原因であることは明白なのである。

その病気の長さに比べると、飽食を楽しむ期間は極めて短い」のであり、

 その短い時間をどのように自制して生きるかです。

それが優秀な人間、地位があり、

富もある有望な人でもコントロールがきかないダッチロールの食習慣に支配されて、

短命に終わることが往々にして大多数なのです。

しかし、コルナロのように終わりを見れば、

そのような我がまま勝手気ままな生活は慎むはずです。

それができないのは、理由があるはずです。

大半は終わりを見ていないからです。

コルナロは続けてこのように語ります。

 

私は91歳になりましたが、心身ともこれ以上に健やかで、

その様子を見て、周囲の者たちは驚いています。

80歳を過ぎて、現世が地上の天国になりえるものであることを味わっているのです。

人は70歳を超えればいろんな病気になり、

病気に倒れずとも視力、聴力やあるいは記憶力が急速に衰えたり、

また体力がなかったり、あるいは気分が憂鬱であったり、

心身面で欠陥をきたしています。私には特別に神のご加護があったに違いありません。

私はこうした健康、長寿は私が特別な存在だったからではありません。

むしろ他の人よりも弱く生まれてきたのです。

 

自分の弱さを知っていたがゆえに神の守りで91歳まで来れたのだと告白していますが、

まだコルナロはこれよりも12年間、元気で生きたわけです。

私たちは自分の弱さをしり、

そこを補う方に身をゆだねることを知らないと短命に終わります。