40日ファスティング経験者の本音!

ファスティング(断食)の素晴らしさやファスティングの正しい方法、効果などを紹介しています。

断食救人類の書 255 少食は救国、救人類となる 41 少食で食糧危機に対応可能 12  もし食糧閉鎖されたら 07 

9・金属製品の供出

そしていよいよ軍部は、軍需資材の確保、併せて国民の戦時意識の昂揚強化のためにと

1941年から金属回収令を公布して、全国的に供出運動を展開していきます。

指輪など貴金属の装身具から、古銭から

使用中の火鉢、鉄びん、やかん、アルミニウムの弁当箱まで供出しました。

また家庭用品ばかりでなく、公園など公共施設の柵、ベンチから、

神社やお寺の神仏具までがその対象とされ、梵鐘、鳥居、銅像もすべて撤去されていきます。

金属の他、綿や、ふとんから、毛布など毛織物、皮革、毛皮供出です。

更に家庭で飼っていた兎を、軍用兎として繁殖することが奨励されて、

軍の防寒衣料として供出したようです。

あげくの果てには犬や(軍用犬だけでなく)猫も供出の呼びかけに応じて

供出させられたというのです。

 

10・国債割当購入

戦費調達のために、国民の理解協力を求めとくに戦争国債の割当購入が行われました。

1円から10円券まであり、国債証券の図案は大砲飛行機、戦車などが描かれています。

敗戦後のハイパーインフレでゼロになって紙屑となってしまいます。

他にもサラリーマンは、給料から2割から3割の天引き貯金と

郵便局の簡易保険などの加入が義務付けられ家族全員加入させられます。

これまで太平洋戦争期間中の食糧閉鎖にともなう実態を述べてきました。

食糧だけではなく、日常のあらゆるものが戦争遂行の名のもとに軍に協力させられました。

敗戦後の日本は、戦後数年間、同じような状態が続きましたが、

朝鮮戦争が勃発し、朝鮮特需が起こり、敗戦後の日本は瀕死の状態から立ち上がることができました。

この朝鮮戦争で在朝鮮アメリカ軍、在日アメリカ軍から日本に発注された物資やサービスは、

1950年から1952年までの3年間で10億ドル、1955年までの36億ドルと言われ、

この特需によって引き起こされた好景気は

「特需景気」、「ガチャマン景気」、「糸ヘン景気」、

「金ヘン景気」、「朝鮮戦争ブーム」、「朝鮮動乱ブーム」などと呼ばれます。

しかし、対アメリカとは敗戦後、10年以上も輸入超過の赤字が続きます。

しかし、アメリカとソ連、また中国の共産主義国家との対立で

アメリカは日本に強力な経済支援を行い、経済的独立をさせて、

アジアの共産化を防ぐ砦の役割を果たすようにしたのです。

以後、日本は独立国ではあるものの今に至る戦後、73年経ても

まだアメリカの支配構造にあります。

特に食の世界では完璧にまでアメリカ食が支配しています。